PROFILE

松本茂高  Shigetaka Matsumoto

1973年神奈川県生まれ。21歳の時に初めて訪れたアラスカの原野に圧倒され、現在もアラスカを中心とした旅を続けている。
ニコンサロン新宿、モンベル、コニカミノルタプラザ新宿、山梨県北杜市津金学校などで個展を開催。




2017年10月7日土曜日

栗駒山の秋

もみつ 「紅葉つ」「黄葉つ」



草木が赤や黄に染まること。
そして、秋の山が紅葉するようすを、「山粧う」という。

春の山の爽やかさな初々しさに山が笑い、夏の山の青々としたみずみずしさに山は滴り、秋の山の鮮やかな色づきに山が粧う。そして、冬の山の枯れた寂しさに山は眠る。
廻ゆく季節を、まるで生きているようなものとして先人たちはその表情を捉えてきた。

そしていつの時代も変わらず、山は色づき、枯れ、また芽吹く。














2017年10月5日木曜日

浄土平の秋

Northern Autumn Colors


浄土平(磐梯朝日国立公園)
吾妻小富士、東吾妻山、一切経山などに囲まれた標高1600mほどの平坦地。周囲を山で囲まれているので街の光が遮られ、空気も澄んでいるので夜間の星空観察にはとてもいい環境です。






満天の星
浄土平キャンプ場で夜を過ごし、真夜中に目が覚めると、テントの外は満天の星。ヘッドランプを点け、ダウンジャケットを羽織り真っ暗闇の森を抜け浄土平へと足を運ぶ。見上げた空には無数の星々がゆらゆらと明滅を繰り返しているように見える。木道は霜が降り始めるほどの寒さではあるが、ダウンジャケットに身を包んでいるので空気の冷たさがとても心地よい。





朝の散歩道
日の出とともに早朝の浄土平から鎌沼へと向かう登山道をゆっくりと登って行く。朝の光が色づき始めた木々の間から差し込み、とても穏やかな気持ちに満たされる。





森林限界を超えて、湿原の中を整備された木道をゆっくりと進むと遠くに鎌沼が見えてきた。どこまでも澄みきった秋の空気と湧き水のように水底の石まではっきり見えるほどの鎌沼の水。沼の周囲に整備された木道の脇には赤く色づいたカエデやナナカマドがクマザサとコメツガの緑の中にアクセントとなっている。









ゆっくり歩いて2時間程度の標高差200mほどの朝の散歩道。うっすら額に汗をかく程度で秋の行楽で賑わう浄土平へと降りてきた。








2017年10月4日水曜日

夜空を見上げる

look up the night of sky


寒露
秋が深まり露が冷たく感じられるようになるころ。


空気が澄み渡り、夜空にはっきりと星がまたたくこの季節。
山でキャンプをしながら星空を眺める。
秋のひんやりとした空気の冷たさにどこか心地よさを感じながら、ぼんやりと夜空を見上げていると、時折、星が流れてゆく。
そしてあっという間に消えてしまう。
流れる星は思い出も何も残さない。




山の稜線の背後には天の川と無数の星空がはっきりと見えた。
あまりの星の多さに小学生の頃に覚えた星座と一等星がよくわからなくなってしまった。




夏の星座、オリオン座がはっきりと見えていた。




2017年9月20日水曜日

錦秋

Autumn with beautiful leaves



降り続いた秋の長雨もようやくあがり、雲間から射し込む朝の光は、辺りを錦秋の世界へと一変させた。





As for the autumn long rain which continue to fall for a few days, it's finally stopped raining.

Light of morning to come in through a cloud let an area change completely to the world of vividly colored autumn.






2017年9月17日日曜日

遥か彼方の世界 クマとの出会い

The world of the far-off distance


Sharing in time with wild bear

赤く染まったナナカマドと緑のハイマツの斜面に黒い塊が見えた。どうやら若いヒグマのようだ。


背後の山の斜面には色鮮やかに赤く染まったナナカマドと緑のハイマツのコントラストのが美しい。しばらく見ているとおやっと思い、その風景の中で一点だけ黒い塊が少しだけ動いたような気がした。急いで300mmのレンズをカメラに装着して確認するとやはりヒグマであった。本来、野生動物は見事な保護色になって風景に取り込まれていると思われるが、案外その広大な風景の中では一点だけ異色な存在をかもしだしている。点のような距離で、時折、顔をあげて辺りの匂いを嗅いで警戒をしながら地面のベリーをしきりに食べていた。

肉眼ではクマとは判らないほどの遠く離れた点のような距離ではあるが、本来、野生動物と人間とは、相容れない遥か彼方の世界で生きているもの。そして、遠くの山の斜面でベリーを食べる若いクマと自分がまさにこの一瞬を共有している。ここはアラスカの原野ではないのだ。クマの背後には広大な大雪山の原野が霧の向こうまで続いている。その時、初めて大地は意味を持ち出したような気がした。

日常生活に追われるような慌ただしい時間を生きる中で、日本のどこかで遥かな時間を生きるクマと出会うということはなんて幸せなことなのだろうと思う。



八月のアラスカの原野でも見られたブルーベリー(クロマメノキ)


真っ赤に染まったナナカマド


最初の二日間、雨と霧が辺りをすっぽりと包み込んでいたが、三日目の朝、山肌を包んでいた雲が動き出し鮮やかに染まった大雪山の山肌が姿を現した。降り止まない雨はない。





2017年9月16日土曜日

雨粒

Raindrop


灰色の空が、阿寒の森へ降りてきて、霧と靄とあらゆる種類の雨があたりを満たす。雨と風が強まる中、誰もいない森をわざわざ一人で歩いてみた。

風はさらに勢いを増し、木々は轟々と音をたて、いつもは静かなオンネトーの森に様々な音を与えてゆく。レインウェアのフードも被らずに森を歩くと、雨粒は髪の毛を濡らし、顔を流れ、首筋を伝って服を湿らせた。雨の不快感に文句をつけたところで仕方は無いと諦める。しょせんこの森の主は雨なのだ。

アラスカの先住民の考えによれば、雨を含むあらゆる天候、自然現象には、スピリット(魂)と意識があるという。この森に生きた先住民アイヌの人たちにもこのような考え方があるのだろうか?もしこの考えが本当だとしたら、この地球上のあらゆるすべての自然現象にも魂が宿っていて、それぞれ意識を持っていることになる。そういう意味で僕も森も風も雨粒もあらゆるすべてのものは対等な存在だ。そして、森はスピリチュアルな力をもつ存在たちの共同体だとしたら、誰からも見られない孤独はあり得ないことになる。
とはいえ、雨と風が強い中、一人で森を歩くことはある種の不安や恐怖や様々な感情が湧き上がり、それなりの孤独感を味わえる。