PROFILE

松本茂高  Shigetaka Matsumoto

1973年神奈川県生まれ。21歳の時に初めて訪れたアラスカの原野に圧倒され、現在もアラスカを中心とした旅を続けている。
ニコンサロン新宿、モンベル、コニカミノルタプラザ新宿、山梨県北杜市津金学校などで個展を開催。




2018年8月6日月曜日

旅の最後の夜

The last night of the wilderness trip




バックパッキングとパックラフトの旅をスタートさせてから2週間目の夜。相変わらず、夜になっても太陽は地平線上に留まっている。

明日はセスナ機が僕たちを迎えに来てくれる日だ。この風景も今夜で終わりだと思うと少し感傷的になり、テントの中へ入らずにいつまでも北極圏の冷たい風に吹かれていた。

ふと、セスナ機をチャーターして何もない原野に降ろしてもらってからずっと、まだ一度も人工物を見ていないことに気づく。そう、ここは1000年前と何も変わらない手付かずの自然が広がっているんだ...。僕らはなんて貴重で贅沢な時間を過ごしているのだろう。

また来よう。また来れば良いんだね。

2018年6月 北極圏国立野生動物保護区










2018年7月27日金曜日

ワタスゲ

Cotton grass of the Arctic




夏のアラスカ北極圏。沈まぬ太陽とツンドラの大地一面に群生するコットングラス(ワタスゲ)。

極北の冷たい風にゆらゆらと揺れるワタスゲの姿は、極北の大地を旅する者に穏やかな気持ちと夏の在り処をそっと教えてくれる。

随分と遠くまで来てしまったものだ....

北極圏の旅の終わりを思わせる風景だった。













2018年7月20日金曜日

真夜中の虹

Midnight rainbow




アラスカ北極圏

時計はすでに午前一時を回っている。
白夜のこの季節、真夜中の太陽は地平線近くまで下がっていくが、決して沈むことはない。南の方角を振り返り、ブルックス山脈をぼんやりと眺めていると、山の麓に鮮やかな虹が空から降りてきた。

真夜中の虹




North slope of Brooks range, Alaska  2-July 2018 

2018年7月13日金曜日

Midnight sun

真夜中の太陽


26-June-18 1:05
Elevation 397m

N   69°16.983'
W  146°02.240'   Arctic National Wildlife Refuge

2018年6月26日深夜。 
北極圏国立野生動物保護区。
午前零時を過ぎても太陽は北の地平線上に姿を現したままである。

「太陽は東から昇り、西へと沈む」という観念は北極圏では通用しない。
そして、一日が朝と午前と午後と夜からなるという通念は、温帯地方に暮らす人たちの習慣に基づくものでしかない。

The idea that "the sun rises in the east and sets in the west"is not good in the Arctic. And the common idea that a day becomes from morning and the morning and the afternoon and evening is only a thing based on the customs.





2018年4月7日土曜日

2018年1月25日木曜日

春隣(はるとなり)

Spring has come there soon



相当な寒波が日本列島を包み込むように大陸から降りて来た。
寒さが相当にこたえる大寒のこの時期にも、かすかな春の兆しに目を向けては、来たるべき暖かな季節に思いを馳せる。

冬至を過ぎ、厳しい朝の冷え込みの日にも、太陽の光は徐々に強さを増して、確実に季節が巡ってゆくのを感じます。






2017年12月24日日曜日

To the world filled with harmony

調和に満ちた世界



今から23年前に初めて旅をした場所、アラスカ。
何もわからずに何かに惹きつけられるようにアラスカへ向かいました。
そして、何年も何年も夢中で旅をして様々な風景に出会って行くうちに、僕が引かれ続けている世界は調和に満ちた世界だと。。

生命に満ち溢れた原生の森、もろく儚く過酷な環境で生き抜く北極圏の自然。
どの世界もすべてのものが繋がり紡ぎあっていることに気が付いたときに、この上もない感情に包まれます。それは、幸福とか不幸とはそのような感情では無く、もっと深く重いものなのかもしれません。

しかし、その調和に満ちた世界は一瞬にして全てを失わせてしまう力を私たちは持ってしまっています。そして、その調和に満ちた世界から遠く離れた場所にいる者のエゴによって何も罪もない生命の存在は無視され、脅かされ続けています。

自然とは誰かのために在るものでは無く、厳然としてそこに在るだけなのかもしれません。だからこそ、私はそこに意味を求めるものでは無く、ただじっと見つめていきたいと思うのです。